ルベさんが、もうすぐやって来る。
彼女はドイツ人で、博士号を持つ才媛である。
私の、「澁谷」という旧字を、
東京の渋谷と同じですかと言ったくらいだから、
日本語はほとんど理解してもらえる。
水墨画に興味を持って、
八尾市のかがやき講座に見学に来られた。
今は生活の中の音を研究しているとか。
絵の中にも音を感じるという抽象的な発想か、
あるいは、実際に筆が走る時の、微妙なかすかな音を聴くためか。
教室の途中だったので、詳しい話が出来なかったが、
ここでは、初心者に教えるごく初歩的なのしか描かないので、
私の自宅へ来て下さい、ということになり、
「大きな絵を一気に描く様子を見たいのでしょ」
と言うと、ニコッと笑った。
河内音頭の音の複雑さに魅入られて、
八尾市に移り住んで研究したとのことで、
当時の新聞を保存している人が、ルベさんのことを覚えていた。
その頃の写真を見ると、
やはり今と同じモヒカン風のヘアースタイルであった。
よその国の言語を自由に繰るというだけでも、
私には仰天のことなのに、20年も日本に住んでいると聞くと、
ドイツへはもう帰らないのだろうか、
寂しくないのかナァ、などと凡人の想いが頭をよぎる。
時間があれば、彼女にインタビューしてみよう。