90×50センチ 以前、娘が使っていた折りタタミ式の小さな机。
これが私の部屋に入ると「なんか子供部屋みたい」と娘が言う。
この机で化粧もするし、エッセイも書く。
そうなるとあの社長机(2/9「社長机とオフィス開き」)
は一体何だったンだろうと、ふとおかしくなった。
イヤ、ちょっと違うナア。笑えるのは1度手にしたからだ…
大きな机で仕事(絵を描く)をしたいという夢がやっとかない、私の心に余裕が生まれた結果が、
この小さな机になったのだ。
昔、「時雨の記」という本を読んだ。
吉永小百合と渡哲也のキャスティングで、映画も観た。
その本の中に
『宝石などをつけていた時代もあって、現在の簡素な生活を充分に楽しめる余裕が出来る』
云々と書かれた箇所があった。
これはたぶん筆者自身のことではないだろうか。
華やかな時代を通り越した中年男女が再会して、充実した心の世界を紡ぐ物語ではあった。
夢を手に入れる努力を惜しまないのは、私の信条とするところ。
けれども1ツ手に入れると、それを金輪際離さない性格からはちょっと遠いため、
そういう人に出会うと、困惑する。
夢は手に入れるともう夢ではない。
次の目標を掲げて進もうとする気持ちが、生きがいなのだと思っている。
あと何年そうやって生きてゆけるかわからないが、「時雨の記」のように生活を簡素にして、
それで充分満足を得られる人でありたいと願いつつ、
ウーン 難しいナァと考え込んでもいる。
机の話がずいぶん大袈裟なことになってしまった。