暑い夏を快適に?
大阪の夏は天神祭の頃が一番暑いといわれる。
まさに!
冷夏か?なんて誰が言ったんダーッ!!
この調子では、夏物商戦まちがいなく熱気盛大、
先日の新聞では、エアコンの生産を増量させているとのこと。
さて、そのエアコンのことだが、
最新機はその名の通り“エアーコンディショナー”なのだろうか。
私の体が、この空気を冷やす機械に
100パーセント感激しなくなって、久しい。
そしてその頃から、私は“エアコン”と呼ばず“クーラー”と言うようになった。
つまり、ほど良い温度に合わせて調整してくれる訳ではない。
26度に設定すると(教室では)そのうち冷えすぎる。
ところが、27度に変えるとたちまちムッとしてくる。
1度しか違わないのに、この差は何だ!
エアコンというから、腹が立つのだ。
ひたすら涼しくしてくれる機械と思っておけば、
冷えすぎる時は即切ればよい。
涼しくなった部屋で、クーラーより安上がりな扇風機を回せば、
しばらくはヒヤッとしている。
暑くなればスイッチオンすればよいのだ。
自宅では、仕事しながらもこうやって暑さを凌いでいる。
ところが、教室ではそうもいかない。
暑がり、寒がり混在している。
寒いと誰かが言えば切り、暑いナと感じてきたら入れる。
そこで思いっきり憎たらしく
「エアコンはアホですから、任せておけませんねェ」
と言うことにしている。
イヤイヤ、夏にこれほど有難い文明の利器は、
ないと思っていますョ。
盆休み
冷たいものの苦手な私が、風呂上りにソーダ水を飲む。
人類は生き残ることが出来るンだろうか、
などと考えながら・・・
それほど、暑い、今年の夏。
盆休みで、各会社はクーラー使用量が
グンと減っているであろうに。
この、どこからやってくるのか知れない風はナンダ!!
とても自然に吹いているものとは考えられない
熱風じゃないか。
ベランダでは、暑さに強いはずのブーゲンビリアまでが
昼を過ぎると、枝先がフニャリと萎えてくる。
日日草のほとんどが、葉をチリチリにさせて、
もうアカンとなったので、抜いた。
私達は盆休み。
暑い暑いと言いながらも、
私と風太以外は、けっこう外出する
元気な我が家の住人達。
クーラーの使用目安は風太。
黒い焼きイモみたいにこんもりなっていると、止める。
フニャと手足を伸ばして寝ていたら、スイッチオン。
外との温度差は5度くらいだろうか。
それでも少しずつ体の下部が冷えてきて、
おなかが張ったり、足がつったり・・・
夜入浴でリセットするものの、
良いわけないよナァ、この状態。
風太のためといいつつも、
頭部内溶解を防ぐために、クーラーを使っている。
さて、ソーダ水のこと。
カロリーゼロ、味気のない、
セブンイレブンの炭酸水を愛飲している。
昨年あたりから。
最初は、「ナンジャ?これ」と思ったものの、
こう暑いと、甘味や何とか味は少々うっとうしい。
スッキリ渇きを癒してくれて、パンチもある、
これが一番です。
気温が上がると、嗜好も変わる。
眠たい
教室が8日続き、わたしは途中で休みがあったものの、
この暑さの中で、少々バテ気味。
休みになったとたん、なんにもしないでボーッとしている。
朝食と洗濯が終ったらソファにもたれ、
朝食をすませるとウトウト。
とにかく眠くて仕方ない。
暑さのせいで、夜ぐっすり睡眠できない人が
多いと聞く。
クーラーをつければ寒くなる。
切ったらとたんに暑くなる、今日この頃。
「ウチの息子は21度に設定して、
冬のふとん着て寝てますネン」
それもひとつの方法かもしれぬ。
とにかく、眠ることが
一番の疲労回復剤になることは確かであるが・・・
加齢とともに、眠りは浅くなり
入眠にも時間がかかる。
“骨が寒くて、肉は暑い”
と表現して、共感してもらったことがあるが、
今やその肉さえ薄っぺらになり、
クーラーをかけたままでは、寒すぎて眠れない。
しかし、頭の中身はかろうじて暑さを感じるようで、
クーラーが止まると、脳ミソが溶ける気がする。
つまりは、つけたり切ったり、忙しい。
導眠剤を服用しても効かない日もあって、
翌日は、昼間眠くて仕方ない。
しかし、うっかりその誘惑に乗ろうものなら、
その夜もまた、“悶々”さんになることを
覚悟しなければならない。
昨夜眠れなかったヒトは、
今日しっかり体を動かせる。
ベランダの植木バチを移動させるとか、
片道30分かかるパン屋さんへ、食パンを買いに行くとか。
自転車に乗って、フウセンカズラを見に行くとか。
汗をかいて、何の役に立っているのかよくわからないことを
疲れるまですれば、きっと
その夜は安らかに眠れることでしょう???
1万歩も歩けるゥ?
万歩計を手に入れた。
私は1日で、一体どれくらい歩いているのだろうと思ったから。
難波教室の帰り、阪神へ寄って薬局で。
そこですぐに着けてみた。
売場を3ヶ所移動し、JRで帰ってきた。
家で洗濯物を取り入れ、トイレへ行って、
“ア、万歩計”と気付き、数字を見ると
4,885歩。
ヘェーッ けっこう歩いてるナァ。
行きを入れたら8,000ぐらいになるンじゃないか。
夜、5~15分家の中を歩くので、つけて計ってみたら
10分ぐらい歩いてやっと500近くなっていた。
これじゃあ2時間以上歩かないと、1万歩には届かない。
デパートを見て回ると、知らない間に時間が過ぎてゆく。
歩こうと思って行動するとなると、こうはいかない。
私の性格上、何の目的もなしに歩くことは、
苦痛でしかない。
たとえ健康のためであっても、気乗りのしないことは、しないヒトだ。
少し遠くのスーパーまで買物に行く、
(しかし買物は最小限度にしないと、肩が痛くなる)
帝国ホテルまでウィンドウショッピングに行く、
など、ちょとした楽しみがくっついていないと、
続く訳はない。
といっても、これも又毎日では、億劫で仕方ない。
かくて、万歩計をつけて、「さあ、歩こう」とはならないのだ。
高い方を買わなくてよかった。
正常は限りない喜び
「ア、治ってる!」
車の中で大声を上げてしまった。
実に50日ぶりに、左手指が“普通”の状態であることに気付いたのだ。
昨日はかすかにシビレが残っていた人差し指、中指、
(薬指は1週間ほど前から正常)
それが何ともない!!
“普通が一番”とよく言うが、
正常の時はさほど有難みは感じない。
痛くなったり、尋常ではなくなって、その不自由さを身にしみて、意識する。
そして、長い時間をかけて自然な状態に戻ったとき
やっと、やっと、健康を取り戻した喜びに気が付くのが、人間なのだ。
肩はまだ、夕方になると少し痛くなるが、
こちらの方もやがて治癒するだろう。
(と、ここまでは、約半月前に書いた)
現在、アレは一体何だったンだろうと思うくらい、
すっきりと良くなった。
痛みからの解放は、先日徳島の砂利山から眺めた
コスモス畑と蒼穹のように、心が晴れやかになる。
さて、手指が何ともないとなると、
かねてより気になっていたことをしなきゃと、ミシンを出す。
私は、9号サイズで間に合う体型であるが、
ミセスとミスではサイズが大幅に違う。
若い人達用の店で買うとピッタリではあるが、時々窮屈に感じる。
ミセスの店だと7号ぐらいか。
しかし、デザインも考慮するから、ア、いいナ、と思った服が大きすぎる場合、
どこかをいじって私サイズに変えることにしている。
今日は丈をつめて、私好みの短い上着に仕上げる作業をした。
30分後、出来たーっ。
又しても、コスモス畑の蒼穹が心に広がった。
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